静岡市議会議員伊東としひろ
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彰往考来〜伊東の志

私はこんな事を考えています。
13.地方の時代〜市議会の”飛翔”

”地方の時代”を迎えた今、我々は、その責任を自覚すると共に、議員各自が従来の地域密着型ドブ板議員から「脱皮」をすることによって政策集団としての能力を高めなければなりません。

静岡市議会が大きく「飛翔」することを私は望んでおります。

又、衆・参国会議員(衆=480 参=242 計722名)の先生方には、”外交問題”、”防衛問題”、そして、日本の領土・領海からの拉致事件が起きないように、又、安心して漁業が出米るような、安全な生活を営めることに専念をしていただき、「三位一体」のとおり、地方のことは地方議員にお任せ頂ければと念じております。


最近の政治家が、テレビタレント化してきている傾向に
「何を考えているんだろうか?」
と疑問を抱いております。
国会での国政活動に時間を費やしていただきたい。

靖国参拝についても、日本国内の問題であり、他国(中国や韓国)から、とやかく言われる筋合いではないはずです。

例えば、赤穂浪士の討入りは正か悪か?浅野内匠頭の殿中忍傷沙汰が幕府の不当当判決から起きていることに多くの共感を得ているのではないでしょうか。
四十七士が、吉良上野介を討ち入った時からの歴史ではなく、遡ること、松の廊下からであります。
日本の歴史をもっと勉強する必要があると思います。

市長室の、「彰往考来(しょうおうこうらい)」の扁額(徳川家達公の書)のとおり(=過去のことを明らかにして、それによって将来のことを考える)、これが政治の原点ではないかと思います。

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日本国だけが、過去の戦争における犯罪者であり、侵略者であり、植民地主義者であったのかどうか。
英国のアヘン戦争は・・・。
文永の役・弘安の役は・・・。
日露戦争は・・・。

1941年4月13日に、ソ連と締結した「日ソ不可侵条約」。
1944年5月に不可侵条約の厳守を日ソ両国で確認をしていたにもかかわらず、1945年2月4日のヤルタ会談(米・英・ソ・中)の密約で1945年8月6日広島原爆投下。8月9日には、長崎原爆投下。
この日、ソ連のスターリンが一方的に対日参戦。
満州に居た日本人57万5干人をソ連へ連行、強制労働させた捕虜抑留問題。

1945年8月15日ポツダム宣言受諾で戦争終結の後、明らかに、国際法違反でありながら、8月29日から9月3日にかけて北方領上四島を不法に占領・・・今になっても返還しない現実。

日本の上下座外交の所以は、円本占領連合軍最高司令官マッカーサーの命令、
「日本の国民は永遠に世界に向かって強く罪を謝し”愛国精神”を捨てさせ”国をおもうこと”に教育させよ」にあるのでしょうか。

ドイツ国家は、”子弟の教育は、いかなる外国の干渉も受けない”と自国の信念を貫き通しました。
戦争を知らない世代には、どのように受けとめられているのでしょう。

2006/01/15

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