平成17年3月の合併後最初の市議会議員選挙に於て、葵区=20名、駿河区=15名、清水区=18名、の計53名が選出されました。
合併時は旧静岡市=45名、旧清水市33名=計78名で(在任特例2年)で議会運営が行われてきましたが、省ってみますと「対等合併」の傘の下での、議員数78名による議会運営はまことに不合理でありました。
不合理の議会運営の根源は、旧静岡、旧清水のバランス感覚が優先されたからです。
合併前の平成14年7月には、旧両市からの代表者によって調整協議会が設置され、合理的な議会運営を目指しましたが、新市名の一件から、旧清水側の議員の反発は大変に根撞いものがあり、バランス感覚感情論に巻き込まれるような議論で終始するありさまでした。
今だから笑ってご報告できますが、この協議会を何とかまとめていく手だてを双方の代表と図る為に、旧静岡側から3名、旧清水側から3名の計6名で、会食をしながらの話し合いが幾度となく開かれましたが、酒量がすすむにしたがって双方のテンションがあがり、口論が激しくなるにつれ激怒のあまり、食卓の椅子が振り上げられることもありました。
在任特例の2年間は、「本会議」と「議会運営委員会」は旧清水市の議場と委員会室で、また、6常任委員会は半分に分けて、3常任委員会ずつを旧静岡と、旧清水でとの選択が決められたのです。
又、本会議での質問時間は、当時、1人が35分の持ち時間制でしたが、議案質疑は何をやってもよいと勝手に思い込み、議会規則がありながらも、それを無視しての言いたい放題や、存在感を誇ホするような自己主張のパフォーマンスに拘束されなければならなかった当局の延べ約600名の職員は、まさに公費の無駄遣いではないかとの疑念をいだいておりました。
旧静岡、日清水の合併後に誕生した政令市において、今こそ議会改革を断行しなければならないという政令市初代議長としての責任の重さは大変なものでありました。
何故ならば、葵区20名、駿河区15名、清水区18名の計53名でありますが、旧静岡の35名に対し、旧沽水は18名であることから、ややもすれば2対1の比率でことが決定する傾向にありました。
しかし、対等合併を貫くには、その比率によって議会運営を図っては決していけないことでありますので、私は議会運営委員長には旧清水側の栗田知明君にお願いを致しました。(この人事案については、旧静岡側議員から強い反発があったのも事実でありました。しかし、彼、栗田知明君であれば一党一派に偏らない公平な議会運営の判断をしてくれるものと内心強く信頼を致しておりました。)
彼は、期待に違わずに議会運営委員会委員長として手腕を発揮してくれました。
難しい議会改革が大きく推進できたのも偏に栗田知明君の力量に因るものと感謝を致している次第であります。