小嶋善吉市長とは、永年のご交誼を頂いている一人でありますが、市長と議長の私共二人は、政令指定都市の「初代」ということから立場は違えどもお互いに相通ずるものが存在していたと思います。
眠っている時間以外はすべて公務であるという小嶋市長の考え方から、時には深夜、早朝に電話をいただき、不定期に意見交換をさせていただくことも多々あり、大変勉強をさせていただくことが出来ました。
この一年間、市長と身近に接することが出来た時間の中で、首長としての政治姿勢は、まさに公平無私そのものであり、かつ強い信念に基づいた判断力をお持ちであることに改めて敬服いたしておりました。
僭越ではありますが、小嶋市長の人物像については、愛想のない人だとか、上手がない人だという声があることは少なからず耳にいたしております。
しかし、「巧言令色」や「お世辞家」だけの政治家が多い中で、公平で己に対して厳しく律することができる大変頭の良い、真面目な人柄であることを全国の政令市市長の中でも高く評価されているところであります。
私が、議長に選ばれる前の2月・3月議会であったかと思いますが、本会議の中で、反対のための反対意見による余りにも執ような質問の繰り返しに対し、答弁者であった当時の経済部長がその場で倒れられてしまったことがあります。(※ちなみに、議会答弁者である部長職を経験しての退職者の平均寿命は何と65-66歳であると言われ、過酷なストレスから短命であるとも言われております。)
その夜遅くに、小嶋市長から私の自宅に厳しい口調で電話がありました。
「今日の本会議のような質問では、どんな優秀な人材でも議会に殺されてしまう!!是非とも、議会ルールを確立してルール無視の議会運営だけは避けていただきたい。でなければ、私1人だけが答弁に立ってでも、市役所管理職全員の健康を守りたい。」との厳しいご意見でありました。
まさに、私も言われる通り同感でありました。
このときの事件と小嶋市長との電話が議会ルールの正常化=議会改革に対する動機づけとなったのです。