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長岡藩の米百俵のお話しは、明治初期の戊辰戦争で官軍に敗れた長岡藩には、お米一粒もなく困窮していたとき、分家藩であった三根山藩から米百俵の救援に、藩の大参事であった小林虎三郎は、
「今この米を分配すれば、家中の1,700世帯=八干五百人に一世帯当り四合ほどにしかならない。一日で食いつぶしてしまう。この百俵を将来の干俵、万俵として活かすために、明日の人づくりのための学校設立資金に」と、
後に多くの人材を育てることとなったのです。
そのお話しを引用して、小泉首相は「今の痛みに耐えて明日を良くしようという米百俵の精神こそ、改革を進めようとする今日の我々に必要ではないか」と演説されたのですが、かって佐藤首相時代に「日本は資源の乏しい国であるが、人材がある」とのお話しに、若い頃、私は大変勇気づけられたことを憶い出しました。
若いだけに、悩んだり・困ったり・壁に突きあたったりしたときに『耐え忍んで行く勇気こそが,困難に打ち克っていく原動力である』との己れにムチ打つことでした。
長岡藩 小林虎三郎の「米百俵」が唯一の教訓ではありません。
私達の身のまわりや、地元には数多くの遺訓が伝えられておりますよね。
二宮尊徳しかりですよね。
しかし、各小学枚の校門の横にあったニ宮尊徳の幼年期像を批判したり、中には撤去したりした偏向的なPTAもあったと聞いておりますが、日本が経済大国として登りつめて来たその土壌は、正に米百俵・二宮尊徳に教えられ、子供や孫へとの親の流した汗のおかげであることを忘れてはなりません。
「政治」とは国家百年の計を考えることが、私の信念です。
中央がダメなら地方から考え方や行動のアクセスを・・・。
これからは、メールマガジンを通して、温故知新(=故きを温ね新しきを知る)を求める私の考え方について発進させていただきたいと思います。
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