静岡市議会議員伊東としひろ
ニュース
彰往考来
活動記録
メディア記録
プロフィール
大谷の里
著書紹介
御意見
彰往考来〜伊東の志 トップページに戻る
彰往考来〜伊東の志

私はこんな事を考えています。
02.国歌「君が代」について

♪〜君が代は千代に
八千代に
さされ石の
巌となりて
こけのむすまで〜♪

文久2年8月、島津久光は勅使大原重徳に従い、江戸を発して帰路の途中、武蔵の国今の神奈川県生麦村(大河ドラマ「徳川慶喜」の生麦村事件のシーン)にさしかかった時、英国人男2人婦人1名の3人が馬にのり、久光の行列を横切って通行したので従士1人は、その無礼をとがめたところいきなり鞭でなぐられました。

日本人は直ちに刀を抜いて、その傲慢な無礼者1人を斬り殺したのです。
英国公使は償金10万ポンドを求め、下手人を極刑にすることを強要して来ましたが、幕府も薩藩も諾否の返答をしないので、翌3年5月、英国軍艦7隻は鹿児島に赴き、戦端を開いたが鹿児島は大きな被害を受け、又英軍も多大の損害を蒙り、艦長以下50余命の死傷者を出し、怒りを切り捨てて退去したのであります。

しかし薩藩は、再び戦うことの不利を悟り、償金を支払うと負けたことにもなるので、その年の10月5日、英国から軍艦を買う交渉をしたのです。結局平和な交際をつづけるために、英国も薩藩の要求に応じることになりました。
この時の友好を温める宴会で、宴会が国歌を奏し、薩藩にも国歌を奏せよと言ってきましたが、日本には国歌がありません、薩藩では友好の歌を急いでさがし出したのが、平安時代の古今和歌集の巻七(三四三)番の歌である。
「わが君は、千代に八千代にさざれ石の、巌となりて苔のむすまで」=読人知らず
「あなたは、どうかお幸せで、いつまでもお元気にご活躍下さい。」という、歌であたのです。これを聞いた英国側の喜びは言うまでもありませんでした。

  その後、幕政が終わって、明治の政府ができた時に、再び国歌選定が必要となって来ました。そこで、薩藩の人たちが文久3年に国歌の代わりに朗詠した歌を持ちだしましたが、恋の歌ではおかしいということになり、「わが君」を「君が代」に変更して、あとはそのままにしたのが現在の「君が代」であります。
  作曲は、外人フェントンに依頼しましたが、結局は、雅楽壱越調の旋律で、静かな、和やかな心境でなくては歌えない名曲ととなったのであります。
  この「君が代」は明治26年8月、文部省告示として学校の儀式に用い。別に法律で制定されたわけではありませんが、長い間に亙って、全国民が国歌として取扱ってきて、現在に至っているのです。

  戦後、一部の左翼系の者が国歌として認めていないようですが、国際的には日本の国歌として、もちろん如何なる国にも異論はないのです。
  某大政党の委員長いわく、「国歌というものは、フランス国歌の如く、国民の中から湧き上がって出来たものでなければならぬ。軍国主義者によって強制的に歌わせられたものは国歌と呼ぶわけにはいかない」とのことですが
  この人は、「君が代」の由来も知らない、フランスの国歌をも知らないのではないでしょうか。

 ■フランス国歌
  征け、祖国の国民
  時こそ到れり
  正義の我等に
  旗はひるがえる、ひるがえる
  聞かずや、野や山に
  敵の叫びを
  悪魔の如き敵は
  血に飢えたり
  立て、国民
  いざ武器をとれ、進め、進め
  仇なす敵をほうむらむ
 ■アメリカ国歌
 (前略)
  戦の庭の頭上高く踊る
  堂々たる星条旗よ
  おお我等が旗のある所
  自由と勇気はともにあり

  ■中華人民共和国
  前進
  雄々しき各民族人民
  偉大なる共産党に導かれて
  つづけよ長征
  心あわせ
  共産主義の明日めざし
  祖国の建設
  祖国の防衛
  勇敢にたたかわん
  前進 前進 前進
  とこしえのかかげよ
  毛沢東の旗を
  前進
  毛沢東の旗を
  前進 前進 前進 進

 ■スペイン国歌
  一度び国に事あらば
  命を捨てて戦わむ
  いざ進め、雄々しき兵
  戦いの歌高らかに
  響きわたるその歌声
  たたえむ、我等が英雄を
  一度び国に事あらば
  命を捨てて戦わむ

 ■スイス国歌
  祖国の山、自由の歌唱えや
  国の為に、スイスの為に
  血を、捧げなむ

  ■キューバ国歌
  進め、わがバヤメーサス
  我等が祖国を守り
  国の為に死するは
  永久に生くることなり
  進めよ
  敵のあなどりを受けて
  我等は生き得べきや
  敵の叫びを聞かずや
  今こそ、進め、進め


  このほか、大抵の国歌には、自由主義陣営も、共産主義陣営も、関係なく、自国の国防に如何に力を入れているかがわかります。
  ところが君が代だけは、平安時代の平安の中に生まれた歌であり、ひたすらに相手の命をたたえ、平安を祈った歌であり、しかも名もなき一庶民の歌なのです。曲調も他国の勇壮激越な行進曲に比べて、なんと穏やかな旋律ではありませんか。


著書「未来へ、人へ、心へ、」より

メニュー画面に戻る

Copyright(C) Toshihiro Ito. All rights reserved.