静岡市議会議員伊東としひろ
ニュース
彰往考来
活動記録
メディア記録
プロフィール
大谷の里
著書紹介
御意見
彰往考来〜伊東の志 トップページに戻る
彰往考来〜伊東の志

私はこんな事を考えています。
01.こどもに対する親の愛とは

私が父親として、子どもへの教育は、マスコミの評論家の意見とか教育についての指導書よりも、先ず自分が親から教えられていたことを省みて、そこに判断される材料が子どもに対する答えではなかろうかと思います。

戦後における教育の民主化は確かに進歩してるはずなのに、集団参加の下手な子どもがふえているのは、どこに原因があるのでしょうか。

戦前には、濃厚な家族の結びつきがあり、地域社会にも隣組制度のような連体意識があったのですが、現在では、これらの地縁血縁関係は薄れていってしまっています。

この傾向がさらに続いていくとすれば、子どもたちはいやおうなしに直接社会からの影響をうけざるをえなくなってしまうのです。

よく現代を「愛なき世代」とか、「親のいない世代」などと言われていますが、親は、なぜ子どもの気持ちになってみることができないのでしょうか。


子どもの劣等感を取り除き誇りを高めてやるには、親がひそかに思っていることを子どもに対し、ほめことばと行程のことばで気持ちを外にあらわしてやることではないかと思うのです。

たとえば、子どもが学校から帰ってきて、
「お母さん、きょうのテスト90点だったよ。」と誇らしげに報告をしたとき、
さて、何と答えられますか。

子どもは内心よかったと思っているのに、
「90点ぐらいで喜んではだめよ。」
「どうして100点がとれなかったの、もっと勉強しなきゃだめよ。」
「ほかに100点の人もいるのでしょ。」
などと、子どもの気持ちをピシャリろおさえてしまうような寵しでは、子どもの誇りも消しとんでしまうものではないでしょうか。

そう言う時こそ、
「よくがんばったね。」
「おかあさんもうれしいわ。」
という調子で心から喜びを表現してやれば、「次は、100点にがんばるのよ。」と言わなくても、「よし、次は100点をとってもっと喜ばしてやるんだ。」と子どもは調子づいてくるものなのです。

さて、子どもと親の断絶についても、「しらけ時代」「無責任」「自分勝手」等と世の中を批判をし、これとて政治が悪いと責任転嫁されようとしておりますが、昔からあった日本の家族制度のよさが失われてしまったのは、戦後のマッカーサー政策で、サザーランド参謀が東洋民族の美徳と人間性の柱であった「君臣の情」「朋友の情」「師弟の情」「敬神の情」等の日本人がもっていた優れた道義道徳感を崩壊させてしまったことに多くのおやは気がつかれていないのです。

これに加えて、革新勢力の左翼主義者達が利己主義的、「自分の権利」の主張を錯誤させるため、その風潮を世の中に流してしまっていることを反省しなければなりません。

今「人間性」と、「心」の大切さが強く望まれているとき、自分自信のルール(規律)をつくり、家族生活の中でルール(規律)を育てていかなくては、世の中のルール(規律)は守れなくなり全く浮き上がったものになってしまうのです。

ルール(規律)とは、上から押しつけられるものではなく下から育て上られ社会全体に反映させることが、真の民主主義を営んで行くルール(規律)の理念ではないかと信じます。

私の家族にも、もちろん家庭生活を営んでいる間に、母のしつけからだけでなく、習慣の中から生まれてきたルール(規律)があります。

1、朝起きてから顔を洗い終えると、両親の部屋にある「仏壇」にお参りしてから、家族の間で「おはようございます。」のあいさつが交わされるのです。

2、先祖の「仏壇」を大切にし尊重することに「思いやり」の心が育てられて行くものではないでしょうか。私も小学校1年生頃から”通知表””おみやげ””お年玉”等も必ず一度仏壇に供え報告をする習慣が身につけられ、今では私の子どもも、家庭生活の習慣としてやっております。

3、家族で食事をするとき、「いただきます。」「ごちそうさまでした。」はもちろんでありますが、父、母、私の順序でハシをもたなければ家族の食事が始まりません。

4、夕刻、子どもが学校から帰ってから、先ず両親(祖父母)のところまで行き「おじいちゃん!!おばあちゃん!!ただいま」声をかけることで、年老いた両親もその一声が、どんな薬よりもどんなおいしい食事よりも生き甲斐であると申しております。

5、玄関で自分の履物は隅の方にきちんと揃えて脱ぐ習慣等も自分の子ども時代の母の教えであります。

このような、ルール(規律)は各家庭にも必ず存在しておりますが、子どもへの親の愛とは理論理屈ではなく、やはり家庭生活の「しつけ」から生まれてくる母親の愛こそが大切なのではないでしょうか。

私は、時間の許されるときには子どもや父と共に入浴をし、風呂場の中でお互いに背中を流し合うそのひとときのスキンシップに親子の信頼感と心のふれあううれしさに疲れもいつしか吹っとんでしまうものです。

著書「未来へ、人へ、心へ、」より

メニュー画面に戻る

Copyright(C) Toshihiro Ito. All rights reserved.